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struggle life of Nepal

2016年春から青年海外協力隊の野菜栽培隊員としてネパールでの様々な出来事をつづっていきます。

任地が変わりました。

寺子屋から帰還して1週間が経った。

 

雨ニモマケズばりの自転車移動からいきなりの車へのcome back

 

寺子屋のラスト1ヶ月はほとんど語学に手を付けられなく、せっかく覚えた語学もだいぶ忘れてしまい、勉強のやりなおしがメインです

 

ネパールの勉強以外に何もすることのない退屈な日々(年末にはバイトするけどね)

 

無職ってこんな退屈な思いをしているんだと改めて思い知った。

 

でも会社やめないとこういう経験できないし、これもまた貴重

 

 

 

 

 

 

 

寺子屋は大変だったけど、楽しかったな~」などと思いながらいつもの様にネパール語の勉強をしているときに電話がかかってきた。

 

時間は夜の9時を回った頃

相手はJICAの調整を担当されている方だった。

 

「こんな遅くまでお疲れ様ですな」&「こんな遅くになんの用だろう」と思いながら

電話を受けた。

 

 

「実はあなたのいく任地が…震災の影響がかなり残っていて派遣見合わせになってしまい…変更をお願いしたいのですが…」

 

ここまではなんとなくわかっていた。

寺子屋にネパールOVでしかも私の派遣予定地の隣の郡に行っていたスタッフが、夏に行ってきてかなりひどい状況というのを聞いていたからだ。

 

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青年海外協力隊は同じ国の中の任地変更というのは結構よくある事らしい。

下手をすると訓練所に入所してから派遣国の変更を告げられ、語学勉強も一からやり直した方もいるらしい…

 

しかも私の任地は震災で最も被害の大きかった郡の一つで、こういう連絡が来ることは時間の問題だと思っていた。

 

 

となると、新しい任地がどういうところなのか?

めちゃくちゃ気になることである。

 

あんまりネパールの細かい地名とか言ってもわからない人のほうが大勢なので、ここはどう変わったのかをまとめたい。

 

 

①首都(カトマンズ)からの距離

 前:首都から150km (バスで7H)

 後:首都から30km(バスで2H)

 

首都圏の近さはかなり大きいです。

いろんな人に「150kmの道のりをバスで7Hかけていく」というと

「どんな山道だよ!」と突っ込まれるし、自分もそう思っていた。

何をするにも首都に近いのは非常に楽。

 

 

 

②交替or新規

 前:新規隊員

 後:3代目隊員

  (しかも次の隊次で野菜ではないけど、農業系の隊員の派遣が決まっている)

 

これはメリットもデメリットもあり

前の任地について様々なOVの人に聞いたが、行ったことはあっても派遣されたという人がいなく情報が少なすぎた。

 

ところが反面、今回の任地は前任も前々任も名前がわかった。

寺子屋のスタッフのおかげでもあるが…)

 

偶然、前任の書いた報告書も持っていた。

(前任者あるいは、前任がいない人は該当しそうな報告書をJICAからもらえるサービスがある。 前任はいなくてもと申し込んでいたら、それがヒット)

 

しかも、前々任のOVとは電話で話したこともある。

 

今まで任地に対してイメージが漠然としか持てなかったのだが、前任者報告書とか読んだり、これだけ人の動きが明確だとすっと活動のイメージが湧いてくる。

 

ただ諸刃の剣で、これだけ人の動きが多いと向こうから比較されることも多く、活動の支障になってしまうのかもしれない。それは自分次第ってところか。

 

 

 

③環境

 前:標高2200mの高地で、乾季の端境期に出せる野菜を任地は求めている。

 後:日本によって改修されたバクタプル道路の延長線上で、カトマンズへの農作物の

   3割近くを生産している。

 

 

行ったことがない身では何も言えないが、首都圏の消費地になっているのは事実。

 

 

とりあえず快諾はしました。

 

任地は変わっても震災からの復興と背中合わせの仕事になると思う。

距離があって、いままで目を向けなかったカトマンズという大消費地を意識しなければならずちょっと雰囲気が変わった気がするが、私はこっちのほうが向いているかもしれない。

 

あくまで行っていないので、「かも」だけど…

 

 

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