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struggle life of Nepal

2016年春から青年海外協力隊の野菜栽培隊員としてネパールでの様々な出来事をつづっていきます。

初めてネパール料理屋に行ってきた!

改めてになりますが、4/25に発生しましたネパールでの地震により、ネパールを始めとする被災地の皆様に心よりお見舞い申し上げると共に犠牲になられた方のご冥福をお祈りいたします。

奇しくも来年春にネパールに青年海外協力隊として赴任する者として、本来の職種である「野菜栽培」としての復興はもちろんですが…

でもあの時、福島で被災した私でしか出来ない事が必ずあると思っております。

今は社会人のため、現地にすぐ行くことが出来ず、すごい悔しい思いが一杯です。

来年の派遣まではこのブログを通じ、世界中の注目が集まっているネパールに対して、正しい理解と情報の発信を通じネパールに対して微力ながら力になっていきたい。

さて、協力隊まつりのあと派遣に向けた用事はマダマダ続きます。




ネパール料理って食ったこと無いけど美味しいのだろうか?
ダルバートネパール語で定食という意味)」ばかり食って飽きないのだろうか?

という疑問が沸き起こり、試しに協力隊合格後にどこかでネパール料理を食べたいと思っていました。

しかし私が住むのは福島という地方都市

インド料理とネパール料理が合体した様な店は数あれど、大概はインド料理である「チキンマサラ」や「サグマトン(ほうれん草カレー)」ばかりで、ネパール料理の真髄であるダルバートを出している店がなく、上京したいと思って食べに行くことにしました。

 

MOMO (モモ)
東京都新宿区百人町2-10-9 新大久保イニシャルハウス2F
03-3363-5515

 

 

このビル全体がネパールで、1Fがネパールの食材屋で2Fが今回行ってきた「MOMO」だ。

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夕方6時だというのにほぼ満席で、初めて聞くネパール語が行き交っている。

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早速、ビールを頼む

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「Nepal Ice」というビール
ビールってあれほどコクが有るのは日本だけだと思っていて、東南アジアとか日本で言うオリオンビールの様なあっさりしているんだけど、ネパールアイスも御多分にもれずあっさり系。どちらかと言うとタイのsinghaとか思い出してしまう(笑)

さてと注文、注文
左上にあるモモは水牛のひき肉を餃子の様な皮に包んだ。餃子によく似た食べ物
この店の名前にもなっているほど、有名ですね。

ちなみにこの水牛の料理は種類が沢山ありすぎます。日本で言う水餃子と焼き餃子の比ではありません。

どれだけ沢山あるかはこちらの記事がすごく良くまとまってます^^
ヒンドゥー教で神聖ではないほうの牛「バフ」が安くて美味い(世界新聞より)

ネパールの代表料理の一つですね!

今回のお目当てはダルバートということでネパールセットを注文

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待つこと数分
私の前にやってきたのは「The・定食」でした(笑)

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「ダル(daal)」
レンズ豆などのスープで日本でいうところの味噌汁
もちろんダルバートの語源でもある。ちょっとぬる目なので、熱々の味噌汁が好きな日本人からすればもう少し暖かいほうが好きかもしれない。

「バート(bhaat)」
ご飯のこと。有無をいわさずインディカ米 長粒種はどうしてもパサパサ気味に映ってしまう。

「ダルカリ(tarkaarii)」
おかずのこと。写真に写っているのは「ジャガイモと葉物のカレー粉炒め」といったところか。
ちなみに現地ではダルカリ自体出ないことも多い。

「アチャル(acaar)」
辛口の漬物らしいが、私には唐辛子のペーストの様な味がした。もちろん激辛 これだけは残してしまう。

チキンマサラとチキンレッグは想像通りの味かつインド料理なので割愛(笑)

一部、wikipediaを参考にさせてもらいました。

食べてみての感想は…

思ったほど辛くない。
これなら辛いのそんな得意じゃない俺でも何とかなりそう(笑)
特にダルとダルカリはほとんど辛くない。

南アジア圏はとにもかくにもカレー&激辛というイメージがあったんだけどだいぶ覆されました。

2年間の協力隊で飯が辛くて食えないという心配は無さそうで、少しホッとしましたね。

この時、ネパール料理屋さんには大勢のネパール人がいました。
留学生や就労ビザを取って単身働いている方ばかりでしょう。
母国に家族を残し…

先週の震災後、あの店がどうなっているか。少し気になっています。
笑顔で談笑していた店は一転。悲しみにあふれているかもしれないと思うと、もう一度行くことを躊躇します。

日本一のコリアンタウンの中にあったネパール人が集うビル
もう一度、ネパール人の笑い声が絶えない日が来るまで我々は見守り続け無ければならないのかもしれない。